2022年3月23日
ロシア・ウクライナ問題によって原油価格など多くの資源の価格が上昇しています。ロシアはアメリカ、サウジアラビアと共に世界のトップ3の産油国であるため、ロシアの地政学リスクは特に原油価格に跳ね返ります。
原油価格の高騰といえば、多くの方が思い出すのが1970年代に起きた「オイルショック」です。オイルショックでは、公定歩合が引き上げられた経緯があります。もし、原油価格の高騰が続いた場合、日銀は現代においても利上げを行い、住宅ローンの金利も上がるのでしょうか。
結論からいうと、筆者としては「その可能性は、現状は低い」と考えています。以下にそのように考える理由を論じていきます。
住宅ローンの金利は、変動金利と固定金利に分けられます。
変動金利は、短期金利に影響を受け、固定金利は長期金利(10年もの国債金利)に影響を受けるといわれています。2022年3月18日の日銀の金融政策決定会合では、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の継続が決定されました。
日銀は金融機関向けの短期金利に影響する当座預金金利をマイナス0.1%に、長期金利を0%を中心に上下0.25%までの変動に抑える方針を堅持しています。
金融政策決定会合の結果が発表された2022年3月18日時点では、日銀の低金利政策のスタンスに変化はありませんでした。しかし、イギリスの中央銀行は2021年12月、2022年2月、2022年3月に連続で政策金利を引き上げており、アメリカのFRB(中央銀行)も2022年3月16日に0.25%の利上げに踏み切ったことから、「日銀も利上げを考え始めるのでは?」と思う方は少なくありません。
低金利政策を恒常的に実施している日銀ですが、1973年に第四次中東戦争が原因で起きた第1次オイルショックでは、当時の政策金利である公定歩合を9%まで引き上げました。
この歴史を知る方は、ロシア・ウクライナ問題で原油が上がった際に「日銀は利上げをするかもしれない」と危機感を持つと思います。
しかし、当時の日本と今の日本の状況は異なります。1974年の日本の消費者物価指数は、年20%を超える上昇をみせました。これだけ物価が上がってしまったら、中央銀行が金利を上げるのは当然です。
インフレは物の価値が上がり、通貨の価値が下がる現象です。通貨の価値が下がった際には、中央銀行は金利を上げ通貨の価値を高めようとします。預金金利が高ければ、多くの方はお金を使わず預金で増やそうと考えますので、利上げは購買行動を抑え、物価の上昇を抑える効果があります。つまり、利上げは通貨価値の下落を食い止める効果があるということです。
本記事執筆時点(3月中旬)では、ドル円の為替レートが119円台にまで上昇してきています。円安になると輸入品の価格が上がります。円安が続けば、燃料や食料品などの輸入品の価格が上昇する可能性があります。
このことから、「ドル円の為替レートがさらに円安になったら、為替レートをみて日銀は利上げをするのではないか」と考える方もいると思います。
先進国の通貨は一般的には金利を上げると買われる傾向があります。預金や国債の利率が上がり、投資資金がその国の通貨に集まるからです。しかし、利上げをしている国にはインフレが起きており、通貨の価値は物に対して下がっている状況であるということは見落としてはいけません。通貨の価値を本質的に考える際には、金利からインフレ率を引いた「実質金利」を見る必要があります。
米国で利上げが行われると、金利の魅力から短期的には円が売られ米ドルが買われることがあります。しかし、アメリカのインフレ率が上がり続けた場合には、実質金利は上がらないことになります。そうすると、実質金利でみたら円の方が魅力的になってしまうケースもありえます。
このように、日銀が金利を上げなくても、アメリカの状況次第でドル円の為替レートが円高方向に動く可能性もあるということです。日銀が為替レートだけをみて、円高にするために利上げをする可能性は低いと考えられます。為替レートは他国のインフレ率や金利が影響するため、日銀がコントロールできるものではありません。そのため、日銀が為替操作的な発想で利上げをすることは考えにくいといえます。
日銀の低金利政策は消費者物価指数の年2%上昇を目指して行われています。しかし、現状は、その目標に届いていません。
2022年2月時点の日本の消費者物価指数は、総合で年率0.9%上昇、生鮮食品を除く総合で年率0.6%上昇、生鮮食品及びエネルギーを除く総合は年率1.0%の下落となっています。
ロシア・ウクライナ問題で原油価格が上昇する前の数字であるとはいえ、2022年2月時点で5ヶ月連続年6%以上のインフレが進んでいるアメリカと比較しても日本のインフレ率は低位を維持していることがわかります。もちろん、原油高が続いた場合は2022年4月以降に、総合の指数が一定程度上昇する可能性があることは、2022年3月18日の会見で日銀は言及しています。しかし、資源価格高騰による物価上昇は一時的で終息する可能性があります。資源価格高騰によるインフレは、日銀が求める賃金上昇や国内の需要が高まることでの安定的な物価上昇とは本質的に異なることから、仮に直近に物価上昇率が高まることがあっても、日銀が利上げに踏み切る可能性は低いと考えられます。
資源価格高騰によるインフレは、企業収益や個人所得に悪影響であることを考えると、現時点において利上げで経済を冷やすことをわざわざ日銀がするとは考えにくいでしょう。
過去の黒田日銀総裁の発言からわかることは、日銀は、需要が原因で起きるディマンドプルインフレや、人件費高騰によるコストプッシュインフレ(人件費高騰=所得の増加)を待っている感があるということです。資源高によるコストプッシュインフレのみで慌てて利上げをするようなスタンスではありません。
(参考)
総務省統計局 2020年基準 消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)2月分
https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.html
2022年1月19日 日本銀行 総裁記者会見要旨
https://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2022/kk220119a.pdf
2022年3月18日 日本銀行 当面の金融政策について
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2022/k220318a.pdf
利上げは絶対にないとはいいきれません。しかし、利上げによる副作用を考えると、日銀は簡単には利上げの判断に踏み切れないと考えられます。理由は以下の通りです。
利上げは、インフレを抑えると同時に経済全体の動きを止めてしまう副作用があります。利上げのメカニズムは下記の通りです。
つまり、利上げはディマンドプルインフレを抑えるということです。利上げには、原油の生産量を増やす効果はありません。国民の購買意欲や会社の投資意欲を削ぐことで、結果的にインフレを抑えるというネガティブなイメージの政策です。
1980年代後半のバブル景気のように、国民の購買意欲が上がりすぎている時には、行きすぎた需要を削ぐために利上げは必要になるでしょう。実際にバブル景気のときには、公定歩合を引き上げることで、経済を冷やすことはできました。しかし、その後「失われた20年」といわれるように経済の後遺症は長く続きました。日本の低金利の恒常化を考えると未だにバブルの後遺症は残っているといっても過言ではありません。利上げは、日銀が注視している「家計の値上げ許容度の高まり」を抑えてしまうことになるため、現段階で選択される可能性は低いと思われます。
ところで、日本の住宅ローン金利はかなり低下傾向にあり、所得がさほど高くない層の方でも住宅ローンを組めるようになりました。所得が高くない方々にとってインフレは生活を脅かす存在です。しかし、利上げを行うことで勤め先の収益が減少したり、住宅ローンの支払いの増加が起きてしまうと、「物価は下がったがむしろ家計は苦しくなった」という状態になりかねません。
利上げでインフレを抑える」という教科書通りの政策が国民にとって良いとは限りません。
現在(2022年3月中旬)では、原油価格だけでなく、食料品価格も高騰しはじめ、不安を感じている国民は増えてきていると思われます。「国民の生活を守る」という目的だけでいうなら、日銀だけではなく政府による税制の政策は効果がありそうです。
例えば、トリガー条項の凍結解除です。これが実行されると一定期間ガソリン価格が高い状態が続くと、揮発油税が引き下げられる可能性があります。消費者からすれば、カットされる税金分、ガソリン価格が下がることが期待できます。
また、現在、食料品等は消費税が8%ですが、こちらもさらに引き下げることでインフレを抑えるのと同じ効果があります。
もちろん、減税で失われる財源確保も重要になります。基本的には高所得者層や富裕層への皺寄せが議論される可能性が高いと思われます。今年から年収1,200万円以上の方の児童手当が廃止されたり、住宅ローン控除の利用者の所得要件が3,000万円以下から2,000万円以下に引き下げられます。ちなみに、現役並みの所得がある高齢者は、後期高齢者であっても医療費の自己負担割合は1割ではなく3割です。このような施策に拍車がかかる可能性があるということです。資産家に対する相続税は格好の的になるでしょう。
「そんなことをして有権者から非難されないのか」という声も上がりそうですが、憲法25条で謳われている「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を守ることを優先するのは自然な判断です。ただ、日本の経済成長を考えるなら、高所得者や富裕層が割を食う構造はできれば避けたいものです。投資をすると税制上優遇されるなどの抜け道を用意する手はあります。また、財政悪化により日本の国債格付けが下がることで円安→コストプッシュインフレになる可能性があるのでバラマキは良くありません。
日銀の利上げは経済にダメージを与え、税収減少にも起因すると思われます。政府には税収を落とさず、インフレを乗り切る手綱裁きを期待したいところです。そうすれば結果的に日銀は利上げをしなくて済みます。
冒頭で「現状では、住宅ローンの金利が右肩上がりに上昇していく可能性は低い」と述べました。しかし、第一次オイルショックのときのような「買いだめ」によるインフレが起きれば、国民の頭を冷やすためにやむを得ず日銀が利上げをする可能性は排除できません。
2020年の前半、緊急事態宣言下の日本ではマスクやトイレットペーパーを買いだめする混乱が起きたことを考えると、パニックが起きるリスクは潜んでいます。
日銀は、所得増加、需要増加による持続的なインフレを待っているので、パニックによるインフレは本望ではないでしょう。
私たち日本人の消費行動が日銀の利上げ判断に影響を与える可能性があることは忘れてはいけません。
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